固有名詞ゼロのうろ覚えを渡して、昔読んだ本をClaudeに特定してもらう
記憶違いのほうを訂正された
子どものころに読んだ話の、場面がひとつだけ残っている。書名も著者も思い出せない。検索窓に入れる言葉がないので、そのまま放っておく。僕にはそういう話が何本かあります。そのうちの1本を、覚えている範囲だけ書いてClaudeに渡してみました。
返ってきた答えの冒頭です。
- 作品名:「おぢいさんのランプ」(現在の表記は「おじいさんのランプ」)
- 著者:新美南吉(にいみ・なんきち)
- 初出・収録:童話集『おぢいさんのランプ』所収
- 出版社:有光社
- 出版年:1942年(昭和17年10月10日刊。装幀・挿画は棟方志功)
当たっていました。ただ、この断片には仕掛けがひとつあります。僕は「たしか外国の翻訳ものだったと思う」と書いていました。新美南吉は日本の作家です。間違った記憶に引きずられて外国の作品を並べてくるか、それとも記憶のほうを疑うか。そこが見たかった。
(1)「外国の翻訳ものだった」→ おそらく違います。 新美南吉は日本の作家で、舞台も愛知県の岩滑新田(やなべしんでん、現・半田市)という実在の集落です。ランプ・石油・電灯といった明治期の文明開化の小道具が並ぶせいで、外国の話のように記憶されてしまうことはありそうです。
想定していたのはここまででした。予想を超えたのはこの次です。僕が「覚えている」と書いた筋のほうも、違うと指摘してきました。
(3)「全部だめにしてしまう」→ 半分当たりです。 ランプ全部に石油を入れて、全部を池のほとりに吊るして全部に火を灯すところまでは「全部」です。ただし石で割ったのは全部ではなく、いくつかだけ。三つ目あたりで涙が出てきて、それ以上ねらいを定められなくなります。実際、割られずに残った一本が物語の枠(孫の東一が蔵で古いランプを見つけ、おじいさんが語り出す)につながります。
これは確かめる必要がありました。青空文庫で全文が公開されているので、本文を開いて該当箇所を探しました。「ランプは大小さまざまのがみなで五十ぐらいあった。」とあり、割る場面は「三番目のランプを割ったとき、巳之助はなぜか涙がうかんで来て、もうランプに狙いを定めることができなかった。」で終わります。話を聞いている孫が「そいじゃ、残りの四十七のランプはどうした?」と聞く行もありました。五十のうち三つ。Claudeの指摘のほうが正しくて、僕の記憶が間違っていました。
こちらが渡した断片の中の誤りを、聞いてもいないのに2か所直してきた。書名を当てること自体より、こちらのほうが役に立ちます。
渡したのは、これだけです
Claudeに投げたのは次の4文です。固有名詞はひとつも入れていません。
子どものころ、学校で読んだ短い話。古い道具を売って暮らしていた男の人が、新しい技術が村に入ってきて商売ができなくなる。最後に自分の売り物を全部だめにしてしまう場面だけ、妙に覚えている。たしか外国の翻訳ものだったと思う。悲しい話だった。
作者名も、道具の名前も、舞台の国も書いていません。しかも「外国の翻訳もの」は誤りです。ここから書名が出てくるとは、正直あまり思っていませんでした。
そのままコピーして使えるプロンプト
うろ覚えを投げるときに使った文面です。断片の部分だけ自分のものに差し替えれば、そのまま使えます。
昔読んだ本か記事を探しています。うろ覚えなので、僕の記憶自体が間違っている可能性があります。
覚えているのはこれだけです。
(ここにうろ覚えの断片をそのまま書く)
次の形で答えてください。
1. いちばん可能性が高いもの1点:書名(記事なら記事名)・著者・出版社(媒体)・出版年
2. そう考えた理由を、僕が書いた断片のどの部分と対応するかという形で
3. 自信の度合い(高い/中くらい/低い)
4. 外れていた場合の次の候補を2つ、同じ書誌情報つきで
5. 僕の記憶のうち、事実と食い違っていそうな箇所があれば指摘してください
この5つが何を買っているのか、今回の結果から言えることを書いておきます。
1番で出版社と出版年まで言わせるのは、あとで外で引くためです。書名だけ返ってきても確かめようがありません。出版社と刊行年が揃っていれば、公式ページか国立国会図書館サーチで照合できます。
**2番の「断片のどの部分と対応するか」**は、本当に中身を知っているかを見分けるためのものです。今回は「売り物を全部だめにする」という一文に対して、石油を注いで木に吊るして火を灯してから石を投げる、という場面が返ってきました。ここまで書けるなら本文を知っています。
4番で候補を2つ出させるのは比べるためです。1点しか出てこないと、それが妥当なのか分かりません。今回も、外れた候補に「主人公は家であって道具売りの男ではなく、売り物を壊す場面もありません」と却下の理由が書かれていたおかげで、本命を選んだ理屈が読めました。
いちばん効いたのは5番です。 「外国の翻訳もの」の訂正も、割った本数の指摘も、この一行があったから出てきました。1〜4だけでも書名は返ってくるでしょうが、それだと自分の記憶のほうが間違っていることに気づけません。うろ覚えを探すときに本当に困るのは、書名が出ないことより、間違った記憶のまま探し続けることのほうです。
逆に、効いたかどうか分からなかったのが3番の自信の度合いでした。3件とも「高い」と返ってきて、3件とも当たっていた。外れた回が今回ないので、自信が低いときに正直に低いと言うのかは確かめられていません。残してはありますが、これを判断の頼りにしないほうがいいと思います。頼りにするのは1番と2番、つまり外で引ける情報と、根拠の具体性のほうです。
残り2件は、当たって当然でした
同じプロンプトで、別の断片を2本投げています。どちらも別々の新しい会話で、正解は渡していません。
1本目は「家政婦が通う家の年配の男性の記憶が数十分しか続かない、数学の話が多い、プロ野球の話も出た気がする」という断片。『博士の愛した数式』が返ってきました。手がかりが多すぎるので、これは当たって当然です。ついでに「数十分」ではなく80分だと直されました。
2本目は「少年が旅に出て宝物を探す、砂漠を歩く、最後は宝が最初にいた場所にあった」。『アルケミスト 夢を旅した少年』でした。こちらも当たり。
3件とも一発で正解です。ただ、この3本がどれも有名な作品だということは差し引いて読む必要があります。学校の教材や書店の平台で長く扱われてきた本ばかりで、ウェブ上に書かれている情報の量がそもそも違う。誰も知らない同人誌や、地方紙の連載記事で同じ結果になるとは思えません。
もうひとつ。3件とも、Claudeはウェブ検索を使っていました。記憶だけで答えたわけではありません。回答の末尾に「ウェブ検索:使いました」と書かれています。
返ってきた書名が実在するか、外で確かめる
書名・著者・出版社・出版年まで言わせているのは、外で引くためです。『博士の愛した数式』は新潮社の公式ページ(2003年8月29日刊)、『アルケミスト 夢を旅した少年』はKADOKAWAの公式ページ(角川文庫、1997年2月21日発売、208ページ)、『おじいさんのランプ』は青空文庫の作品カードで、それぞれ書誌が確認できました。出版社が分からないものや古い本は、国立国会図書館サーチで引けます。
ここで1件、確かめきれないものがありました。『アルケミスト』の回答には、角川文庫版のほかにもうひとつ日本語版の版元と刊行年が書かれていたのですが、その出版社の公式ページを僕のほうで見つけられませんでした。間違いだと言いたいわけではなく、確認が取れなかったというだけです。なので、この記事では角川文庫版の情報しか書いていません。
外れているときに気づく方法
公式ページか国立国会図書館サーチで引けないものは疑う。これがいちばんはっきりします。書名だけならそれらしいものを作れますが、版元と刊行年まで揃った偽物は、照合すればすぐ落ちます。
根拠の質も見分けに使えます。断片のどの部分と対応するかを説明させたとき、具体的な場面が返ってくるなら本文を知っています。「静かで悲しい話という雰囲気が合います」のような抽象語だけで埋まっていたら、たぶん当てずっぽうです。
それから、自分の記憶違いを指摘してきたときは、むしろ当たりに近いサインだと思っています。作品の中身を知らなければ、こちらの記述のどこが事実と食い違うかは書けません。
試すときに気をつけること
この記事の実験は、いつもと違って架空のサンプルデータを使っていません。実在の作品を当ててもらうのが目的なので、断片も本物の記憶です。そのぶん、条件は甘めでした。有名作3本、ウェブ検索あり、そして僕は正解を知っていた。読者が自分のうろ覚えで試したときに同じように当たるかは、やってみないと分かりません。
ただ、外れても損はしません。候補が2つ以上出てきて根拠も書いてあるので、そこから図書館の検索に持ち込めます。手がかりが「悲しい短編」だけだった状態よりは前に進みます。
今回いちばん思ったのは、うろ覚えを渡すときに記憶を整えないほうがいい、ということでした。僕は「外国の翻訳ものだった」を消さずに残しました。消していたら、間違っていたことに気づかないままでした。間違っているかもしれないところも書いたまま渡して、訂正が返ってくるのを待つ。そのほうが手がかりが増えます。